FC2ブログ
初めに、私は如月の轟沈については「必要であった」という立場にあることを明言します。
以下、その理由を簡単に述べます。
1:艦娘たちの緊張・恐怖心などを描くために必要であった

あの鎮守府において、吹雪着任以前に多数の死者が出ていたとは思えません。
吹雪も前の鎮守府での扱いを見るに、少なくとも自分に近しい人物の死は体験していないでしょう。
つまり、彼女たちは死に対して実感がない可能性があります。
そういう中では、4話の吹雪が金剛に庇われるシーンや7話の加賀や翔鶴の被弾などに関して「死ぬかもしれなかった」という焦りや恐怖が生まれにくい部分があります。
そういう点において、身近な仲間の死を以ってして他のメンバーに死を意識させるという意味が存在し得ると思います。


2:視聴者に「アニメ艦これは艦娘が死ぬような世界である」「アニメとゲームでは設定が違う」と伝えたかった

如月の轟沈に際し、次のようなコメントやツイートが見られました。
「如月が死んだという事は大破進軍していたのは間違いない」 
「アニメ提督は不正ツールを使っていたから轟沈した」
「如月は足柄のチョークによって内部大破していた」
このように、ある程度の提督たちにとってはアニメの設定=ゲームの設定であることが根底にあったことがうかがえます。
そういう視聴者たちに「アニメの世界はゲームの世界の”常識”が通用しない」と教える意味があったのではないかと思います。

これは余談ですが、ゲーム艦これをプレイしていない人たちの中には「艦これって女の子を脱がせるゲームでしょ?」「攻撃されても死なずに服が破れるだけなんだよね?」という認識の人たちもいます。
そのような認識を払しょくする意味でも、轟沈を描く必要があったのかもしれません。


3:歴史の繰り返しとその状況の打破の象徴の一つとして必要だった

ゲームにおいてもアニメにおいても、艦これという作品の中ではある種の史実再現が行われています。
同じような戦い、同じような悲劇が繰り返される世界において、それを打破するというものがストーリーの根幹にあると思われます。
その打破に当たる部分がアニメ艦これの機動艦隊の勝利(赤城轟沈の阻止)であるとするのであれば、歴史が繰り返していることの証明は如月の轟沈であります。
「本来は負ける戦であったが、それを乗り越えることができた」というシナリオのために犠牲になってしまったと私は考えます。


如月が轟沈せずともこれらを描けていた可能性は否定しません。
如月以外の誰かを轟沈させることで同じような意味を持たせられた可能性もあるでしょう。
しかし、如月の轟沈が全くの無意味であったということはないと、私は思います。
スポンサーサイト

2015.03.27 Fri l アニメ l COM(0) TB(0) l top ▲

コメント

コメントの投稿












       

トラックバック

トラックバックURL
→http://bslb.blog25.fc2.com/tb.php/1028-e93bff37
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)